デジタル広告が本来、あるべき姿とは?〜広告主とメディアが理想的な関係を築くために 連載1 Integral Ad Science Japan株式会社 アカウント・エグゼクティブ 山口 武氏 / アウトブレイン ジャパン株式会社 顧問/アビームコンサルティング株式会社 顧問 本間 充氏 / アウトブレインジャパン株式会社 代表取締役社長 嶋瀬 宏氏

2019年、デジタル広告業界でキーワードとなるのは、「ブランドセーフティ」「アドフラウド」「ビューアビリティ」だ、とする声が頻繁に聞かれている。だが一体、それらの言葉はどれだけ正しく理解されているだろうか。対策をすでに始めている企業も増えているとはいえ、トラブルが起こった時の火消し役に徹していたり、リスクの計算に追われていたりすることはないだろうか。またデジタル広告の出稿には、広告主とメディアを中心に、多くの登場人物が関わっているにも関わらず、それぞれの立場で閉鎖的に状況を見ているという現状も、概念の実践を難しくしている理由かもしれない。
ここでは3回にわたって、デジタル広告が本来あるべき姿を追求。1回目の今回は「広告主とメディアが理想的な関係を築くために」というテーマのもと、さまざまな立場から議論した。

「ブランドセーフティ」という単語の2面性

嶋瀬 近年、日本でもアドフラウドやビューアビリティ、ブランドセーフティなどの概念が浸透し始めましたが、歴史的にはいつぐらいから起こったのでしょう。

山口 米P&Gの最高ブランド責任者マーク・プリチャード氏が「全ての広告に透明性がなければならない」と発言したのが、2016年4月。これを機に、業界では一気にブランドセーフティへの注目が高まりましたが、それ以前にも、2010年ごろから動きがあったように思います。それが、マーク氏の発言で一気に話題になりました。ただ、日本国内ではまだ、ブランドセーフティの対策をとろうとする企業が少なく、「それは海外の話でしょう」「日本には必要ない」と考える広告主が大半でした。しかし、2017年の終わり頃に東洋経済に記事が載り、また、2018年9月にはNHK番組でも特集された。その辺りから大きく広がり始めたと思います。

本間 そもそも当時、私たちが話題の中心としていたのは、「広告に対する対価はきちんと第三者機関によって評価されているのか」という話だったはず。当時はまだ広告が評価される仕組みが整理されていませんでしたし、広告主もどこか人任せという感じで広告を捉えていました。しかしP&Gのマーク氏が透明性の話を出したとき、世間の関心は「反社会団体にお金が流れる仕組みになっている」という話題に流れ、さらに、「お金が誰の手に入るか」ということよりも、「広告がどの位置に置かれるか」ということに関心が集まるようになった。つまりグローバルに考えたとき、ブランドセーフティという概念には、「広告料がどこへ流れていくのか、適切に使われているのか」ということと、「広告がどこに表示されるのか」という、2つがあるということなんです。

本間 充氏
(アウトブレイン ジャパン株式会社/
アビームコンサルティング株式会社)
嶋瀬 そうした二面性は今も変わっていませんよね。今、日本でブランドセーフティの話をしたとき、「お金がどこへいくのか」ということと「広告がどこに表示されるのか」ということでは、どちらの方が関心が高いのですか。

山口 圧倒的に出面、つまり、どこに表示されるのかということですね。当社としても、株主総会で「ブランドイメージを守っていないのか」と指摘されたり、どこかで炎上したりして、トラブルを鎮火させたいと相談を受けることが多いですね。

本間 しかし嫌な言い方かもしれませんが、本来、アドサーバーは「枠」じゃなくて「人」に対して広告を出していて、cookieをもとにアルゴリズムで画面上に表示している。ということは、その枠は不都合かもしれないけれど、それを見ている人は対象として当たっているということですよね。

山口 課金体系がCPCであれば、結局、クリックさえしてもらえればOKなので、出面はあまり気にされず、ビューアビリティも問題になりませんでした。とにかく広告が表示されれば良いので。しかし、不正インプレッションの話が日本で話題になると、「えっ、ロボットもクリックできるの」という事実が知られるようになり、初めて広告の本質について語られるようになりました。

嶋瀬 でも、「ブランドセーフティの基準は一体どこにあるのか」という問題はありますよね。たとえばテレビ広告でいえば、お昼のワイドショーの広告枠を買ったとき、場合によっては、広告の直前に事件や事故などの話題が流れるかもしれない。それはよしとするのに、ウエブ上でニュースサイトに広告を掲載するとき、事件や事故を報じる記事の隣に広告が掲載されるのは嫌だという。そうなると、日本の大手メディアはブランドセーフティの観点から言うと、ほとんどアウトになってしまいます。

本間 ブランドセーフティと言っても、ブランドの広告担当は広告の出稿や管理が主な役割なのであって、ブランドマネジメントの任務を負っていないことがほとんど。一体、どのような広告が自分たちのブランドを傷つけるか、理解できないはずなんですよね。もし、事件や事故を報じるメディアに広告を出稿する企業がいなくなれば、これはメディア業界にとって一大事です。そういうメディアは社会的な意義を帯びているのに、誰も応援する人がいなくなる。本来、広告主が広告料を出すのは、「頑張ってコンテンツを作ってください」という応援の意識もあったはず。しかし、事件や事故、天災などのニュース記事に誰も広告を出さなくなれば、そうした社会的意義を背負ったメディアは存続できなくなってしまいます。

山口 今、アメリカでも「クリックベイト」という言葉が流行っています。簡単にいえば、ウェブ上の記事に読者の関心を煽るようなタイトルをつけ、閲覧者数を増やす手法なのですが、現在では真面目にコンテンツを作っていたサイトでさえ、ゴシップネタが多くなってしまいました。こうした傾向は、メディアにいいコンテンツを作ろうというモチベーションを失わせますよね。

山口 武氏
(Integral Ad Science Japan株式会社)
本間 本来、アメリカで生まれた「広告の透明性」という概念を考えると、実は、そこではコンテンツの良し悪しは語られていなくて、お金が不適切なところへ流れないよう、アドベリフィケーションのフローでしっかりチェックしましょうということだったはず。でも日本はその本質を履き違え、自分たちのブランド広告が不適切な位置に表示されないよう、それだけを守ろうとしている。
一方、広告主は自分たちが広告を出稿したい場所について、何も意見を表明していない。広告はメディアに対する応援であると考えれば、広告主は自発的に「このメディアに広告を出したい」という場所を見つけ、喜んで出稿するのが本来の姿です。でもそういう意見を言わず、「ここには出したくない」と言って出稿先を削るばかりでは、日本のメディアは体力を失い、広告主も出稿する場所がなくなり、やがて広告業界そのものが疲弊してしまうでしょう。

メディアと広告主の、理想的な関係性とは

本間 今、広告のトランザクションはほとんどスマホを通して行われていますが、スマホのビューアビリティはどうやって計測するのですか。

山口 定義としては、PCでもスマホでも同じです。

本間 スマホとPCのスクロールは意味が違いますよね。そうすると、そもそもスマホのビューアビリティは意味があるのか、という問題が出てきます。当然、ユーザーの態度変容も出てきますし、どこかで目に留まった段階でクリックされればいいのであって、スマホではビューアビリティ自体、もしかしたら不要な概念かもしれない。でもそうした違いを整理せず、「うちはビューアビリティを重要視しています」と、ずっと言い続けているところも多い感じがしますね。

山口 もちろん、ビューアビリティの観点で言うと、ユーザーの閲覧状況やデバイスも考慮しなければなりません。当社もPC用とスマホ用でデータセットを切り分けていて、たとえば1秒、広告が見られたとしても、どのようなデバイスで、どのように閲覧されたのか、データを分析しなければならないと思います。

嶋瀬 ユーザーの行動を促す変数は確かにたくさんありますが、たとえばCTRや総数が変わらないとした時、ビューアブルの時間が2倍になったらエンゲージメントはこう変わる、というデータは出ているんですか。

山口 それはまだですが、ぜひ作りたいですね。

本間 新しい指標を作り、それを制御変数として、メディアに使ってもらいたいですね。でもそれ以上に大切なのは、もっとラフに、広告主にどんな広告を作りたいのか、落ち着いて考えてもらうことじゃないかと思います。「このメディアはスポンサードしたいから、ぜひ、ここに出稿したい」という希望もあるでしょうし、「この広告配信方法にお金を出したい」と言うのもあるかもしれない。広告主は、メディアや広告業を応援する気持ちがないと、お互いwinの関係になれないと思うんです。
私たちは立場上、広告主よりも一歩先に出て、常にバージョンアップしたいと思っているけれど、できれば広告主からの意見も欲しい。それに対して、メディアは「自分たちにはこれくらいの価値がある」と提案する。インターネットができて35年。そろそろこうしたフランクな関係ができてもいい頃だと思うんですよ。

山口 同感です。現在は問題が起こった時、どうチューニングするかということに重点が置かれています。でも、「本当は何がやりたいのか」というところから広告を組み立てていかないと、結果的に同じようなメディアプランばかり、できてしまうことになる。ブランドにとって、どんな広告キャンペーンが必要で、そのための指標として何が必要、など、一つ一つ順を追って考えていくことが大切。その上で、「うちはCPCを重視する」とか「CPMでやる」とかの方針が決まるでしょうし、やり方は各ブランドによって異なるはずです。デジタル広告は決して数字のゲームではありませんから、まずは、本質的なところに戻ってくる必要があると思いますね。

嶋瀬 たとえば、広告のクリエイティブが違っても、広告の効果を測定したエクセルの表ではすべて一律に扱われてしまうという問題もありますよね。

嶋瀬 宏氏
(アウトブレインジャパン株式会社)
本間 アメリカでは、IAB(Interactive Advertising Bureau)が中心となって、広告の測定方法について積極的に議論していますよね。「こういう部分を測定した方がいい」とか「リスク回避のためにここに注目した方がいい」とか。一方、広告主も学びを深めて議論に関わっていますが、こうした議論はアメリカで盛んに行われているんですか。

山口 頻繁に行われています。当社もそうした集まりに呼ばれることがあります。IABはどちらかというとメディアサイドの組織が多く加入しているのですが、当社のようなベンダーが議論に加わることで広告業界自体の風向きが大きく変わったのを感じます。広告の出稿先としての価値が高まり、単価が上がったとか。

本間 メディアの中でも良いメディアが悪いメディアを淘汰するようになり、良いメディアに多くのお金が入る仕組みができてきたということですか。

山口 そうなりつつありますね。同時に、良いメディアに対する評価基準や認識も、標準化してきているように思います。もちろん、良いメディア、悪いメディアの基準は広告主によって変わりますから、主観的にマッチしていればいいのだと思います。

嶋瀬 当社の話をすると、アウトブレインはプレミアム媒体をネットワーク化しているので、たとえば人気のあるYouTuberの動画に出てくる広告と、ユーザーが興味を持って検索しているサイトに出てくる広告では、同じ秒数、表示されたとしても、価値がまったく違ってくると思うんですよ。でもエクセル上の数字にすると、その違いが消えてしまう。分析するマーケッターだって、一消費者として考えてみればその違いはわかるはずなのに、当事者となって数字を前にすると、その意識が欠落してしまうんですね。そういう意識がすべての人に共有されると、真面目に優れたコンテンツを作った人が高く評価される社会になるのではと思うのですが、そうなるにはどうしたらいいのでしょう。

山口 ブランドとユーザーの接点をどこに作るのが適切か。それを考えながら広告を組み立てないと、エクセルに落としてからでは難しいですよね。

本間 なんとなくインターネットのメディアスペースが無限にあり過ぎるから、全部プログラマティックでやらなければいけないと考えている広告主が多いのかもしれないって思うんですよ。だから、「ここには広告を出したくない」というメディアを、まるで砂場の山くずしのような感じで削り取っている。でも本来は、絶対に広告を出したいメディアがあるはずですし、「このライターさんに記事を書いて欲しい」とか、「このYouTuberはスポンサードしてあげたい」とか、そういう希望もあるはず。積極的に出したいところと出したくないところを少なくとも分けなくちゃいけないのに、それすらもやっていないのが現状だと思うんです。

山口 確かにやっていませんね。

本間 旧来のテレビ広告では、当たり前のようにそうしたことを考えていたはずなんです。無限にお金があるわけじゃないですから、必然的に出したい広告枠を選んでいた。でも、インターネットの場合は出したくないものを削る方を優先にしている。こうした不自然なセレクションがよくないと思います。
アメリカではIABのほか、NAB(National Association of Broadcasters)という団体もあって、「こういうメディアに広告を推奨します」と意思表示しています。つまり、メディアは自分で自浄作用を働かせ、また、広告主も自分たちで意思を表明し、対等の関係にあるんです。でも日本はそうじゃない。日本の広告主はメディアに対して意見を表示してはいけないと思っているのか、たとえば2年前、DAZNがJリーグの全試合の放映権を獲得した時、日本の広告主は何も発言しませんでした。広告主はメディアに地殻変動が起きた時に何も言っちゃいけないと思いこみがちです。でも本来、広告主だって意見を言いたいはずですし、メディアも広告主の意見を聞きたいはずなんです。

今、メディアが殺され始めている

山口 言えていないのはなぜなんでしょう?

本間 インターネットの広告担当が、テレビ広告などの買い付けを知らないからじゃないでしょうか。なんとなく、広告はメディア評価で選ぶべきだと思っているんだと思います。でもそもそも、テレビとインターネットでは広告枠の買い方が基本的に違いますし、各メディアの特性を正しく判断できているかというと、そうとも言えない。そろそろ、テレビや新聞など、従来の4大メディアの広告担当と一緒に議論すべきタイミングだろうと思います。テレビや雑誌にもブランドセーフという概念はあるわけですから、互いに学ぶべきことも多いでしょう。

嶋瀬 たとえば、薬物所持で逮捕された芸能人のニュースを報じた番組の後に広告が流れても、ブランドセーフティとして問題があるとはされないのに、これがインターネット広告になると、その記事の隣にあるバナーはブランドセーフじゃないと言われる。メディアが変わると、どうしてブランドセーフの基準も変わってしまうのだろうと、いつも疑問に感じます。

本間 おそらく宣伝部の担当者が、メディアを横断してブランドセーフティを考えていないからじゃないでしょうか。そもそも宣伝部の仕事は、インターネット広告の広告価値を最大化することであって、ブランドを毀損するリスクに対して絆創膏をはるだけじゃないですよね。でも今はすっかり本業が逆転されてしまっている感じがします。

山口 テレビ広告にインターネット広告のようなブラックリストのやり方を当てはめれば、薬物所持した芸能人のニュースが出るかもしれないから、そのチャンネルごとブロックしてしまおうという話になる。でもそれはやり方として正しくないですよね。

本間 もし、薬物所持した芸能人のニュースに広告を載せるなら、たとえば薬物被害を抑止する広告なら価値があると思います。でもそういう議論がされず、一括して広告を載せない、となる。だったら、そうした事件を報じるニュースは世の中にない方がいいのか、という議論になりますよね。
しかしかつて、アメリカのサンノゼで地方新聞が廃止された時、街はどうなったかというと、治安が悪化し、犯罪件数が増えたんです。それは事件や事故を報じる媒体がなくなったから。広告主は、事件や事故など不適切なことが報じられることにも社会的意義があるということを理解すべき。そのニュースや記事を見る人にも、学びや気づきがある以上、そこに掲載される広告は決してブランドを毀損するだけではないと思うんです。

嶋瀬 事実報道かフェイクのニュースか、その本質を見極めないで一律、広告の出稿は不可とするのは非常に違和感がありますし、長期的にみて、広告の将来を閉ざすことになりますね。

本間 今、広告主が理解しなければならないのは、広告主がメディアを殺し始めているということ。これはとても危険で、広告出稿金額がなくなるということはメディアがなくなるということです。それでも広告主は広告を出稿したいのであれば、みずからメディアを育てなければならない。たとえば価値が高いとわかったメディアには相応の広告料を支払うなど、責任の所在を明確にし、「誰が、なんのために広告を作るのか」といった本質に立ち返って、もう一度考えなければならないと思います。

山口 アドベリフィケーションベンダーの立場で言うと、間違ったメッセージを出しているベンダーもあるかもしれないなと思います。つまり、「このツールを使うと広告費を20%削減できますよ」など、誘惑的な言葉で広告主に声をかけるとか……。そうすると、アドベリは警察官のように違反や不正を取り締まるもののように受け止められてしまうんです。でも、私たちが提供しているのはあくまでもツールであって、いわばカーナビのようなもの。どうすれば目的地へ、早く正確にたどり着けるかと考える手段として使ってもらえれば、本来、望ましいメディアにお金が流れるようになります。

本間 いずれにしても、企業ごとに戦略があるでしょうから、横並びの結論が出るものではありません。そろそろ企業ごとに「自分たちにとってのアドフラウドとは何だろう」「ブランドセーフティとは何だろう」と、整理しなければならない時期になったということでしょうね。当然、大手ナショナル広告主のロジックをそのままコピーすることはできませんから、自分たちなりの意思を表明する時代に入ったのだろうと思います。

山口 武氏
Integral Ad Science Japan株式会社
アカウント・エグゼクティブ

ニューヨーク大学ティッシュ芸術学部卒。2006年、Oddcast, Inc. 入社。2008年、Experian Marketing Solutions, Inc(ニューヨーク本社)にて大手広告主のマーケティングキャンペーンのサポートや戦略的コンサルティング業務を経験し、2011年に帰国、コムスコアジャパン株式会社にてクライアントサービスマネージャーとしてアドベリフィケーションやネット視聴率など多岐にわたるソリューションの営業サポートから実施までの実務を担当。2015年4月より現職。

本間 充氏
アウトブレイン ジャパン株式会社 顧問
アビームコンサルティング株式会社 顧問

宣伝会議 デジタルマーケティング実践講座、デジタルソリューション営業基礎講座、データマーケター育成講座、広告効果測定講座、メディアプランニング基礎講座、マーケターのためのKPI設定講座講師。
1992年、花王株式会社に入社。1996年まで、研究員として、スーパー・コンピューターを使って、数値シミュレーションを行う。社内で最初のWebサーバーを立ち上げ、以後本格的に業務としてWebに取り組む。2015年に、アビームコンサルティング株式会社に入社。多くの事業会社のマーケティングの支援、Webコンテンツ管理システム導入を行う。その他、ビジネス・ブレークスルー大学講師や、東京大学大学院数理科学研究科客員教授(数学)、内閣府政府広報アドバイザー、文部科学省数学イノベーション委員などを務めている。

嶋瀬 宏氏
アウトブレインジャパン株式会社
代表取締役社長

2001年三菱商事株式会社入社。国内外における新規プロジェクト開発などを担当。同社退職後、新規事業のインキュベーション・コンサルティングを行う株式会社ステラ・ホールディングスを設立。2013年11月より世界最大級のディスカバリー・プラットフォームを提供するアウトブレイン ジャパン株式会社の社長に就任。『適切なユーザーに適切なモーメントで』コンテンツを届ける同社のプラットフォームを通して、オンラインパブリッシャーとコンテンツマーケティングを展開するさまざまな企業をサポートしている。

デジタル広告の重要トレンド、「ブランドセーフティ」の考え方 CHEQ AI Technologies 日本法人カントリーマネージャー 犬塚洋二氏 / エグゼクティブアドバイザー Gadi Becker氏

インターネット広告配信における次世代型のアドセーフティプラットフォームを提供するCHEQ AI Technologiesが日本法人を設立したのは、2018年5月。以来、半年が経過していないにもかかわらず、その存在感と周辺からの期待はますます大きくなっている。世界的にブランドセーフティに対する関心が高まり、広告配信面への安全性の確認が急務とされている現在、同社が担うべき役割とは-。日本法人カントリーマネージャーの犬塚氏と、エグゼクティブアドバイザーを務めるGadi Becker氏にお話をうかがった。

ブランドにとって、本当の“セーフティ”とは?

–日本法人を設立して約半年。現在の状況はいかがですか。

犬塚 当社は広告の透明性、つまりアドトランスペアレンシーを主軸として事業を展開しています。現在、ウエブ広告の業界では、テクノロジーによるアドベリフィケーションが注目を集めています。DSPなどで配信された広告が、広告主のブランドイメージを低下させるようなサイトに掲載されていないか、また、ユーザーがきちんと認識できる場所にしっかり掲載されているかなどを確認し、配信をコントロールするためのツールを活用するといった取り組みは、日本でも2017年ごろから本格的に始まっています。多くのブランドがそうした事に対して関心を持ち、知識も深まってきたと感じます。

–そうした流れの中、御社が目指す方向性とは。

犬塚 CHEQはすべての広告主がインターネット広告を安心して活用し、マーケティング活動に従事できる環境を創り出すことを目的に、①ブランドセーフティの確保、②アドフラウド回避、③ビューアビリティの確保、の3つを柱に設定。軍事技術をベースとしたAIによる超高速情報処理技術や、NLP技術を駆使した「リアルタイム・アドセーフティプラットフォーム」を提供しています。特徴は、従来型のサービスでは、自社の広告がふさわしくないページに配信された後に検知するという事後報告型であったのに対し、CHEQは広告の配信そのものを未然に防ぐということ。交通事故でもそうですよね、事故を起こした理由を知るよりも、そもそも事故を起こさないようにすることの方が、もっと価値がある。これと同じで、CHEQのプラットフォームでは不適切な広告を事前に回避することを可能にしています。

–2018年8月には株式会社サイバー・コミュニケーションズとのパートナーシップ契約を締結し、同社によるCHEQのアドセーフティサービスの導入サポートも開始しています。

犬塚 現在、CHEQの本社はイスラエルにあり、支社をNYと東京に設置しています。そのうち、東京により多く投資されていて、2020年をめどにCHEQの機能を幅広くご利用いただける環境を創り、デジタル広告の領域において、ブランドが真に安心して広告出稿ができる状態を作りたいと考えています。

Gadi CHEQが目指しているのは「広告の透明性」と「コントロール」。最近までアドバタイジングの世界では、「デジタル広告は紙媒体やテレビと違ってコントロールができないもの」と考えられ、「不適切な広告を制御することはできない」と半ば諦められていました。しかし我々は、軍事技術で活用されてきたサイバーセキュリティーの技術やアルゴリズムを活用すれば、それは無理な話ではないと考えた。ブランドのバリューを守り、高めると共に、限られた広告予算を効果的に投下できるよう、デジタル広告の環境を整備するために、CHEQという会社を創ったのです。

–日本に対し、重点的に投資をしているのはなぜですか。

Gadi よく尋ねられる質問です(笑)普通、外資系の企業が世界へ進出しようとするとき、初めの一歩を日本に設定することはほとんどないでしょう。しかし私たちは、「まずは日本」と考えました。なぜかというと、日本のマーケティングは広告に限らず、非常に高度なレベルを極めているからです。また、CCIさんと組んでいても感じるのですが、アドセーフティに対する要求が極めて高く、非常に精密な設計が求められます。つまり、日本で我々がビジネスを成功することができれば、おそらく、世界のどこへ出かけても成功するだろうということ。日本において我々の真価が問われるだろうと考えています。

グローバルブランドを筆頭に、対策を取り始めている

–アドベリフィケーションというキーワードが注目されつつありますが、現時点では日本企業の中で、どれくらいが対策を練っているのでしょう。

犬塚 広告の安全性や透明性に対して関心を持っている企業は増えてきましたが、実際に対応している企業はまだそれほど多くないと考えています。ただ、昨年9月、NHKの『クローズアップ現代』でWEB広告不正の実態が取り上げられるなど、この分野に対する関心は急激に高まっています。2019年はこれらの問題に対する企業の対策が本格化する年になると感じています。

Gadi 現在、日本でブランドセーフティやアドフラウドについて関心を持ち、対策を取っているのは、大手のグローバルブランドがほとんど。日本のローカルブランドはまだこれからといった感じがします。しかし、市場でインパクトを持つグローバルブランドがデジタル広告の安全性や透明性に関心をもち、対策を始めれば、必ず他の企業も追随する。一旦その波が訪れればそれほど時間をかけずとも、多くの企業が対策をとるようになるのではと考えています。

–現在、予定しているサービスやプロダクトの方向性について、お聞かせください。

犬塚 現在、当社は先ほどお伝えした通り、ブランドセーフティ、アドフラウド、ビューアビリティという3つの側面からサービスを展開していますが、その一方で、媒体社側に立ってみるとマルウェアの攻撃に対する施策の重要性が増しており、当社では、あらゆる種類のマルウェアをリアルタイムに検知・アラートし、即時性のある対策を可能にするマルウェア検知機能、さらに、前述のクローズアップ現代などでも話題になった悪質なトラフィック詐欺を検知、異常トラフィックのソースを突き止めるトラフィックフラウド対策機能などを提供してまいります。現在、最終テストを行っており、2019年早々にはリリースする予定です。

フリーインターネットの未来を守るために

Gadi そもそもCHEQのファウンダーであるガイ氏がなぜ、この会社を創ったかというと、フリーインターネットのコンセプトを守るため。我々が日常的に無料でインターネットを楽しむことができるのは、媒体社側がデジタル広告をマネタイズできているからで、万一、主要なブランドが「デジタル広告は危なすぎるので、これからは出稿を控えます」と撤退してしまったら、たちまちフリーインターネットの未来は閉ざされてしまうでしょう。そのための、いわば“武器”として、我々はCHEQを創ったのです。

犬塚 現在、デジタル広告配信におけるブランド毀損のリスクは、およそ10%前後と考えられています。とはいえ、この数値自体が確実なものではなく、測定手段も明確に定められていいないため、もしかしたらリスク要因はもっと多岐に広がっているかもしれません。しかしCHEQのテクノロジーを活用することにより、そうしたリスクが明確に解消され、広告主は有効なインプレッションだけを買い付けることで、広告予算の投入を最適化することができ、また、媒体社は良質な広告インプレッションを、より高い価値で販売し、広告収益を拡大することが可能になります。

–CHEQ導入の実例を挙げてください。

犬塚 あるブランド様の例です。そのブランド様はブランド管理の観点から、事件事故や災害ニュース、芸能人の訃報など、広告掲載を回避すべきコンテンツが多く含まれるニュース系の媒体へは出稿したくてもできない、という状態になっていました。ところがニュース媒体はご存じの通り、膨大な読者を持つ、マーケティング上重要な媒体です。このジレンマを解消すべく、CHEQのタグを導入してもらい、ニュース媒体においてブランドにふさわしくない記事だけを取り除いて配信する、という施策をご一緒しました。結果として全体のインプレッションの25%くらいの記事が配信対象外として除かれましたが、残り75%もの広告インベントリが有効在庫として復活し、ブランド様は大規模な読者層へ新たにリーチをすることに成功しました。「ニュースは全部、危ないよね」と言ってすべて排除してしまうのではなく、好ましいページに効率よく出稿できる。これはブランドにとってだけではなく、媒体社にとってもポジティブなことです。

–今後のデジタル広告を考える上で、どのような人材が必要と考えますか。

犬塚 従来のブランディングというと、どうしてもアナログというか、トラディショナルな価値観でものを考えることが多かったように思います。しかし、ブランドを守るという視点で言えば、今後、アドベリフィケーションは非常に重要かつ不可欠なテーマ。ブランドサイド、媒体社サイドともにテクノロジーに関する知識を持ち、また、フレキシブルに対応することが必要でしょう。

Gadi 媒体社側の目線でいうと、ときどき、「ブランドセーフティを考えると、広告在庫が売れなくなるのでは」と心配する方がいらっしゃいます。しかし、ブランドセーフティの戦略をどう実現するか、この点を考えることで問題は解決可能です。たとえば、まずはブランドセーフティに対して非常に感度の高いブランドが安全な広告枠を購入する。その他の広告枠はパスバックシステムを活用して、代替広告を設定する。このように、さまざまなアプローチを実践することが可能なのです。ブランドにとっても媒体社にとっても、安全性とスケールの両方を叶えることができ、誰にもダメージを与えないのがCHEQの特徴。今後も広告の透明性とコントロールを使命に、日本の広告主や媒体社への本格的な導入を支援していきたいですね。

犬塚洋二氏
CHEQ AI Technologies
日本法人カントリーマネージャー

1995年立教大学卒、商社勤務を経て2000年1月エキサイト株式会社入社、広告営業部長などを経て、2011年グラムメディア・ジャパン株式会社入社、アドバタイジングセールス・ディレクター、執行役員を歴任、2018年5月CHEQ Japan入社。

Gadi Becker氏
CHEQ AI Technologies
エグゼクティブアドバイザー

エルサレム・ヘブライ大学の数学とコンピュータサイエンスの学位を取得。
1992年コンサルタントとして独立後、イスラエルの先端技術を日本へ紹介し、日本市場での立ち上げをサポートしている。OutBrain、SundaySky、Checkmarx、Panayaなど多くの企業の日本市場立ち上げの実績を持つ。2017年6月よりCHEQ本社のアドバイザリーボードとして日本市場への戦略立案を担当。自身も7年間の日本在住経験を持つ。