デジタル広告が本来、あるべき姿とは?〜広告主とメディアが理想的な関係を築くために 連載1 Integral Ad Science Japan株式会社 アカウント・エグゼクティブ 山口 武氏 / アウトブレイン ジャパン株式会社 顧問/アビームコンサルティング株式会社 顧問 本間 充氏 / アウトブレインジャパン株式会社 代表取締役社長 嶋瀬 宏氏

2019年、デジタル広告業界でキーワードとなるのは、「ブランドセーフティ」「アドフラウド」「ビューアビリティ」だ、とする声が頻繁に聞かれている。だが一体、それらの言葉はどれだけ正しく理解されているだろうか。対策をすでに始めている企業も増えているとはいえ、トラブルが起こった時の火消し役に徹していたり、リスクの計算に追われていたりすることはないだろうか。またデジタル広告の出稿には、広告主とメディアを中心に、多くの登場人物が関わっているにも関わらず、それぞれの立場で閉鎖的に状況を見ているという現状も、概念の実践を難しくしている理由かもしれない。
ここでは3回にわたって、デジタル広告が本来あるべき姿を追求。1回目の今回は「広告主とメディアが理想的な関係を築くために」というテーマのもと、さまざまな立場から議論した。

「ブランドセーフティ」という単語の2面性

嶋瀬 近年、日本でもアドフラウドやビューアビリティ、ブランドセーフティなどの概念が浸透し始めましたが、歴史的にはいつぐらいから起こったのでしょう。

山口 米P&Gの最高ブランド責任者マーク・プリチャード氏が「全ての広告に透明性がなければならない」と発言したのが、2016年4月。これを機に、業界では一気にブランドセーフティへの注目が高まりましたが、それ以前にも、2010年ごろから動きがあったように思います。それが、マーク氏の発言で一気に話題になりました。ただ、日本国内ではまだ、ブランドセーフティの対策をとろうとする企業が少なく、「それは海外の話でしょう」「日本には必要ない」と考える広告主が大半でした。しかし、2017年の終わり頃に東洋経済に記事が載り、また、2018年9月にはNHK番組でも特集された。その辺りから大きく広がり始めたと思います。

本間 そもそも当時、私たちが話題の中心としていたのは、「広告に対する対価はきちんと第三者機関によって評価されているのか」という話だったはず。当時はまだ広告が評価される仕組みが整理されていませんでしたし、広告主もどこか人任せという感じで広告を捉えていました。しかしP&Gのマーク氏が透明性の話を出したとき、世間の関心は「反社会団体にお金が流れる仕組みになっている」という話題に流れ、さらに、「お金が誰の手に入るか」ということよりも、「広告がどの位置に置かれるか」ということに関心が集まるようになった。つまりグローバルに考えたとき、ブランドセーフティという概念には、「広告料がどこへ流れていくのか、適切に使われているのか」ということと、「広告がどこに表示されるのか」という、2つがあるということなんです。

本間 充氏
(アウトブレイン ジャパン株式会社/
アビームコンサルティング株式会社)
嶋瀬 そうした二面性は今も変わっていませんよね。今、日本でブランドセーフティの話をしたとき、「お金がどこへいくのか」ということと「広告がどこに表示されるのか」ということでは、どちらの方が関心が高いのですか。

山口 圧倒的に出面、つまり、どこに表示されるのかということですね。当社としても、株主総会で「ブランドイメージを守っていないのか」と指摘されたり、どこかで炎上したりして、トラブルを鎮火させたいと相談を受けることが多いですね。

本間 しかし嫌な言い方かもしれませんが、本来、アドサーバーは「枠」じゃなくて「人」に対して広告を出していて、cookieをもとにアルゴリズムで画面上に表示している。ということは、その枠は不都合かもしれないけれど、それを見ている人は対象として当たっているということですよね。

山口 課金体系がCPCであれば、結局、クリックさえしてもらえればOKなので、出面はあまり気にされず、ビューアビリティも問題になりませんでした。とにかく広告が表示されれば良いので。しかし、不正インプレッションの話が日本で話題になると、「えっ、ロボットもクリックできるの」という事実が知られるようになり、初めて広告の本質について語られるようになりました。

嶋瀬 でも、「ブランドセーフティの基準は一体どこにあるのか」という問題はありますよね。たとえばテレビ広告でいえば、お昼のワイドショーの広告枠を買ったとき、場合によっては、広告の直前に事件や事故などの話題が流れるかもしれない。それはよしとするのに、ウエブ上でニュースサイトに広告を掲載するとき、事件や事故を報じる記事の隣に広告が掲載されるのは嫌だという。そうなると、日本の大手メディアはブランドセーフティの観点から言うと、ほとんどアウトになってしまいます。

本間 ブランドセーフティと言っても、ブランドの広告担当は広告の出稿や管理が主な役割なのであって、ブランドマネジメントの任務を負っていないことがほとんど。一体、どのような広告が自分たちのブランドを傷つけるか、理解できないはずなんですよね。もし、事件や事故を報じるメディアに広告を出稿する企業がいなくなれば、これはメディア業界にとって一大事です。そういうメディアは社会的な意義を帯びているのに、誰も応援する人がいなくなる。本来、広告主が広告料を出すのは、「頑張ってコンテンツを作ってください」という応援の意識もあったはず。しかし、事件や事故、天災などのニュース記事に誰も広告を出さなくなれば、そうした社会的意義を背負ったメディアは存続できなくなってしまいます。

山口 今、アメリカでも「クリックベイト」という言葉が流行っています。簡単にいえば、ウェブ上の記事に読者の関心を煽るようなタイトルをつけ、閲覧者数を増やす手法なのですが、現在では真面目にコンテンツを作っていたサイトでさえ、ゴシップネタが多くなってしまいました。こうした傾向は、メディアにいいコンテンツを作ろうというモチベーションを失わせますよね。

山口 武氏
(Integral Ad Science Japan株式会社)
本間 本来、アメリカで生まれた「広告の透明性」という概念を考えると、実は、そこではコンテンツの良し悪しは語られていなくて、お金が不適切なところへ流れないよう、アドベリフィケーションのフローでしっかりチェックしましょうということだったはず。でも日本はその本質を履き違え、自分たちのブランド広告が不適切な位置に表示されないよう、それだけを守ろうとしている。
一方、広告主は自分たちが広告を出稿したい場所について、何も意見を表明していない。広告はメディアに対する応援であると考えれば、広告主は自発的に「このメディアに広告を出したい」という場所を見つけ、喜んで出稿するのが本来の姿です。でもそういう意見を言わず、「ここには出したくない」と言って出稿先を削るばかりでは、日本のメディアは体力を失い、広告主も出稿する場所がなくなり、やがて広告業界そのものが疲弊してしまうでしょう。

メディアと広告主の、理想的な関係性とは

本間 今、広告のトランザクションはほとんどスマホを通して行われていますが、スマホのビューアビリティはどうやって計測するのですか。

山口 定義としては、PCでもスマホでも同じです。

本間 スマホとPCのスクロールは意味が違いますよね。そうすると、そもそもスマホのビューアビリティは意味があるのか、という問題が出てきます。当然、ユーザーの態度変容も出てきますし、どこかで目に留まった段階でクリックされればいいのであって、スマホではビューアビリティ自体、もしかしたら不要な概念かもしれない。でもそうした違いを整理せず、「うちはビューアビリティを重要視しています」と、ずっと言い続けているところも多い感じがしますね。

山口 もちろん、ビューアビリティの観点で言うと、ユーザーの閲覧状況やデバイスも考慮しなければなりません。当社もPC用とスマホ用でデータセットを切り分けていて、たとえば1秒、広告が見られたとしても、どのようなデバイスで、どのように閲覧されたのか、データを分析しなければならないと思います。

嶋瀬 ユーザーの行動を促す変数は確かにたくさんありますが、たとえばCTRや総数が変わらないとした時、ビューアブルの時間が2倍になったらエンゲージメントはこう変わる、というデータは出ているんですか。

山口 それはまだですが、ぜひ作りたいですね。

本間 新しい指標を作り、それを制御変数として、メディアに使ってもらいたいですね。でもそれ以上に大切なのは、もっとラフに、広告主にどんな広告を作りたいのか、落ち着いて考えてもらうことじゃないかと思います。「このメディアはスポンサードしたいから、ぜひ、ここに出稿したい」という希望もあるでしょうし、「この広告配信方法にお金を出したい」と言うのもあるかもしれない。広告主は、メディアや広告業を応援する気持ちがないと、お互いwinの関係になれないと思うんです。
私たちは立場上、広告主よりも一歩先に出て、常にバージョンアップしたいと思っているけれど、できれば広告主からの意見も欲しい。それに対して、メディアは「自分たちにはこれくらいの価値がある」と提案する。インターネットができて35年。そろそろこうしたフランクな関係ができてもいい頃だと思うんですよ。

山口 同感です。現在は問題が起こった時、どうチューニングするかということに重点が置かれています。でも、「本当は何がやりたいのか」というところから広告を組み立てていかないと、結果的に同じようなメディアプランばかり、できてしまうことになる。ブランドにとって、どんな広告キャンペーンが必要で、そのための指標として何が必要、など、一つ一つ順を追って考えていくことが大切。その上で、「うちはCPCを重視する」とか「CPMでやる」とかの方針が決まるでしょうし、やり方は各ブランドによって異なるはずです。デジタル広告は決して数字のゲームではありませんから、まずは、本質的なところに戻ってくる必要があると思いますね。

嶋瀬 たとえば、広告のクリエイティブが違っても、広告の効果を測定したエクセルの表ではすべて一律に扱われてしまうという問題もありますよね。

嶋瀬 宏氏
(アウトブレインジャパン株式会社)
本間 アメリカでは、IAB(Interactive Advertising Bureau)が中心となって、広告の測定方法について積極的に議論していますよね。「こういう部分を測定した方がいい」とか「リスク回避のためにここに注目した方がいい」とか。一方、広告主も学びを深めて議論に関わっていますが、こうした議論はアメリカで盛んに行われているんですか。

山口 頻繁に行われています。当社もそうした集まりに呼ばれることがあります。IABはどちらかというとメディアサイドの組織が多く加入しているのですが、当社のようなベンダーが議論に加わることで広告業界自体の風向きが大きく変わったのを感じます。広告の出稿先としての価値が高まり、単価が上がったとか。

本間 メディアの中でも良いメディアが悪いメディアを淘汰するようになり、良いメディアに多くのお金が入る仕組みができてきたということですか。

山口 そうなりつつありますね。同時に、良いメディアに対する評価基準や認識も、標準化してきているように思います。もちろん、良いメディア、悪いメディアの基準は広告主によって変わりますから、主観的にマッチしていればいいのだと思います。

嶋瀬 当社の話をすると、アウトブレインはプレミアム媒体をネットワーク化しているので、たとえば人気のあるYouTuberの動画に出てくる広告と、ユーザーが興味を持って検索しているサイトに出てくる広告では、同じ秒数、表示されたとしても、価値がまったく違ってくると思うんですよ。でもエクセル上の数字にすると、その違いが消えてしまう。分析するマーケッターだって、一消費者として考えてみればその違いはわかるはずなのに、当事者となって数字を前にすると、その意識が欠落してしまうんですね。そういう意識がすべての人に共有されると、真面目に優れたコンテンツを作った人が高く評価される社会になるのではと思うのですが、そうなるにはどうしたらいいのでしょう。

山口 ブランドとユーザーの接点をどこに作るのが適切か。それを考えながら広告を組み立てないと、エクセルに落としてからでは難しいですよね。

本間 なんとなくインターネットのメディアスペースが無限にあり過ぎるから、全部プログラマティックでやらなければいけないと考えている広告主が多いのかもしれないって思うんですよ。だから、「ここには広告を出したくない」というメディアを、まるで砂場の山くずしのような感じで削り取っている。でも本来は、絶対に広告を出したいメディアがあるはずですし、「このライターさんに記事を書いて欲しい」とか、「このYouTuberはスポンサードしてあげたい」とか、そういう希望もあるはず。積極的に出したいところと出したくないところを少なくとも分けなくちゃいけないのに、それすらもやっていないのが現状だと思うんです。

山口 確かにやっていませんね。

本間 旧来のテレビ広告では、当たり前のようにそうしたことを考えていたはずなんです。無限にお金があるわけじゃないですから、必然的に出したい広告枠を選んでいた。でも、インターネットの場合は出したくないものを削る方を優先にしている。こうした不自然なセレクションがよくないと思います。
アメリカではIABのほか、NAB(National Association of Broadcasters)という団体もあって、「こういうメディアに広告を推奨します」と意思表示しています。つまり、メディアは自分で自浄作用を働かせ、また、広告主も自分たちで意思を表明し、対等の関係にあるんです。でも日本はそうじゃない。日本の広告主はメディアに対して意見を表示してはいけないと思っているのか、たとえば2年前、DAZNがJリーグの全試合の放映権を獲得した時、日本の広告主は何も発言しませんでした。広告主はメディアに地殻変動が起きた時に何も言っちゃいけないと思いこみがちです。でも本来、広告主だって意見を言いたいはずですし、メディアも広告主の意見を聞きたいはずなんです。

今、メディアが殺され始めている

山口 言えていないのはなぜなんでしょう?

本間 インターネットの広告担当が、テレビ広告などの買い付けを知らないからじゃないでしょうか。なんとなく、広告はメディア評価で選ぶべきだと思っているんだと思います。でもそもそも、テレビとインターネットでは広告枠の買い方が基本的に違いますし、各メディアの特性を正しく判断できているかというと、そうとも言えない。そろそろ、テレビや新聞など、従来の4大メディアの広告担当と一緒に議論すべきタイミングだろうと思います。テレビや雑誌にもブランドセーフという概念はあるわけですから、互いに学ぶべきことも多いでしょう。

嶋瀬 たとえば、薬物所持で逮捕された芸能人のニュースを報じた番組の後に広告が流れても、ブランドセーフティとして問題があるとはされないのに、これがインターネット広告になると、その記事の隣にあるバナーはブランドセーフじゃないと言われる。メディアが変わると、どうしてブランドセーフの基準も変わってしまうのだろうと、いつも疑問に感じます。

本間 おそらく宣伝部の担当者が、メディアを横断してブランドセーフティを考えていないからじゃないでしょうか。そもそも宣伝部の仕事は、インターネット広告の広告価値を最大化することであって、ブランドを毀損するリスクに対して絆創膏をはるだけじゃないですよね。でも今はすっかり本業が逆転されてしまっている感じがします。

山口 テレビ広告にインターネット広告のようなブラックリストのやり方を当てはめれば、薬物所持した芸能人のニュースが出るかもしれないから、そのチャンネルごとブロックしてしまおうという話になる。でもそれはやり方として正しくないですよね。

本間 もし、薬物所持した芸能人のニュースに広告を載せるなら、たとえば薬物被害を抑止する広告なら価値があると思います。でもそういう議論がされず、一括して広告を載せない、となる。だったら、そうした事件を報じるニュースは世の中にない方がいいのか、という議論になりますよね。
しかしかつて、アメリカのサンノゼで地方新聞が廃止された時、街はどうなったかというと、治安が悪化し、犯罪件数が増えたんです。それは事件や事故を報じる媒体がなくなったから。広告主は、事件や事故など不適切なことが報じられることにも社会的意義があるということを理解すべき。そのニュースや記事を見る人にも、学びや気づきがある以上、そこに掲載される広告は決してブランドを毀損するだけではないと思うんです。

嶋瀬 事実報道かフェイクのニュースか、その本質を見極めないで一律、広告の出稿は不可とするのは非常に違和感がありますし、長期的にみて、広告の将来を閉ざすことになりますね。

本間 今、広告主が理解しなければならないのは、広告主がメディアを殺し始めているということ。これはとても危険で、広告出稿金額がなくなるということはメディアがなくなるということです。それでも広告主は広告を出稿したいのであれば、みずからメディアを育てなければならない。たとえば価値が高いとわかったメディアには相応の広告料を支払うなど、責任の所在を明確にし、「誰が、なんのために広告を作るのか」といった本質に立ち返って、もう一度考えなければならないと思います。

山口 アドベリフィケーションベンダーの立場で言うと、間違ったメッセージを出しているベンダーもあるかもしれないなと思います。つまり、「このツールを使うと広告費を20%削減できますよ」など、誘惑的な言葉で広告主に声をかけるとか……。そうすると、アドベリは警察官のように違反や不正を取り締まるもののように受け止められてしまうんです。でも、私たちが提供しているのはあくまでもツールであって、いわばカーナビのようなもの。どうすれば目的地へ、早く正確にたどり着けるかと考える手段として使ってもらえれば、本来、望ましいメディアにお金が流れるようになります。

本間 いずれにしても、企業ごとに戦略があるでしょうから、横並びの結論が出るものではありません。そろそろ企業ごとに「自分たちにとってのアドフラウドとは何だろう」「ブランドセーフティとは何だろう」と、整理しなければならない時期になったということでしょうね。当然、大手ナショナル広告主のロジックをそのままコピーすることはできませんから、自分たちなりの意思を表明する時代に入ったのだろうと思います。

山口 武氏
Integral Ad Science Japan株式会社
アカウント・エグゼクティブ

ニューヨーク大学ティッシュ芸術学部卒。2006年、Oddcast, Inc. 入社。2008年、Experian Marketing Solutions, Inc(ニューヨーク本社)にて大手広告主のマーケティングキャンペーンのサポートや戦略的コンサルティング業務を経験し、2011年に帰国、コムスコアジャパン株式会社にてクライアントサービスマネージャーとしてアドベリフィケーションやネット視聴率など多岐にわたるソリューションの営業サポートから実施までの実務を担当。2015年4月より現職。

本間 充氏
アウトブレイン ジャパン株式会社 顧問
アビームコンサルティング株式会社 顧問

宣伝会議 デジタルマーケティング実践講座、デジタルソリューション営業基礎講座、データマーケター育成講座、広告効果測定講座、メディアプランニング基礎講座、マーケターのためのKPI設定講座講師。
1992年、花王株式会社に入社。1996年まで、研究員として、スーパー・コンピューターを使って、数値シミュレーションを行う。社内で最初のWebサーバーを立ち上げ、以後本格的に業務としてWebに取り組む。2015年に、アビームコンサルティング株式会社に入社。多くの事業会社のマーケティングの支援、Webコンテンツ管理システム導入を行う。その他、ビジネス・ブレークスルー大学講師や、東京大学大学院数理科学研究科客員教授(数学)、内閣府政府広報アドバイザー、文部科学省数学イノベーション委員などを務めている。

嶋瀬 宏氏
アウトブレインジャパン株式会社
代表取締役社長

2001年三菱商事株式会社入社。国内外における新規プロジェクト開発などを担当。同社退職後、新規事業のインキュベーション・コンサルティングを行う株式会社ステラ・ホールディングスを設立。2013年11月より世界最大級のディスカバリー・プラットフォームを提供するアウトブレイン ジャパン株式会社の社長に就任。『適切なユーザーに適切なモーメントで』コンテンツを届ける同社のプラットフォームを通して、オンラインパブリッシャーとコンテンツマーケティングを展開するさまざまな企業をサポートしている。

コンピュータビジョンはブランディング広告を変えるか? GumGumの挑戦 GumGum, Inc. CEO Phil Schraeder氏 / GumGum Japan K.K. Managing Director 若栗直和氏

人間の目が行うこと、たとえば顔やものを判別したり、物体を認識したりするコンピュータビジョンは近年、目覚ましい勢いで進化している。それに伴い、デジタル広告の世界も劇的に変わろうとしている。その一端を担うのがGumGum。AIを活用した独自の視覚情報処理技術を持つ、カリフォルニア発の企業である。AIが記事の文脈を理解し、不適切な内容が含まれていないかを判断し、広告の配信を見極める。そうした画期的なサービスが世界各国の主要ブランドから高く評価されてきた。日本では、2017年後半から本格的に広告ソリューションの提供を開始。これまで獲得型広告が主流だった日本のデジタル広告業界はGumGumの登場により、真の意味でのブランディングに目を向け始めた。

カリフォルニア発。AIを活用した独自の広告プラットフォーム

–御社の事業モデルと現在の取り組みについて教えてください。

Phil 当社の創業は2008年。アメリカのカリフォルニアで誕生しました。AIを活用した独自の視覚情報処理技術を用いて、日々生成される膨大なビジュアルデータの持つ潜在価値を顕在化し、さまざまな課題の解決に活かすことを目標に活動を展開しています。現在は北米、ヨーロッパ、オーストラリアなど世界各国でサービスを提供しており、日本では2017年後半から広告ソリューションの提供を開始しています。

若栗 当社は、パブリッシャー(媒体社)の方々がお持ちのコンテンツを新たな広告配信面として活用。AI視覚情報処理技術を用いて配信面の文脈を識別し、文脈に沿ったクリエイティブ表現を通して、ユーザー・ブランド・パブリッシャーそれぞれに有益な環境を構築しています。現在、日本国内ではおよそ100のプレミアムパブリッシャーと連携※。新しい収益の獲得や高いユーザーエクスペリエンスの実現など、多くの面で貢献しています。

–日本市場でのビジネスを本格化した意図は?

Phil 当社にとって、日本は4番目の市場です。比較的早く日本市場をビジネスの視野に入れました。というのも、日本市場は欧米と異なる、独自の特質と可能性を持っているからです。欧米と異なり、日本のデジタル業界はこれまで獲得型広告が主流であり、ブランド広告領域にはそれほど手をかけていませんでした。しかし現在、ブランド広告領域へシフトする傾向が強まっており、私たちは日本のブランド広告市場における発展の可能性に、大きく注目しています。

–近年の広告トレンドについて、どのようにお考えですか。

Phil 世界レベルでデジタル広告を考えると、さまざまなトレンドが起きています。そうした中で、私たちが最も注力し、課題解決に大きく寄与しているのではないかと自負しているのが、ブランドセーフティの問題です。ブランドは当然、自分のブランド価値を守りたいという気持ちが強い。だから、安全かどうかわからない場所、すなわち、広告を出稿するのにふさわしくない場所に、意図に反して広告を配信してしまうことはとても怖い。これは当然ですよね。もちろん、ブランドによって「安全か、そうでないか」という基準は異なりますし、広告配信に適正と確度を求めるなら、一つ一つ、文脈を判断する必要があります。特に日本のブランドは、欧米に比べて保守的な傾向が強いため、「こういうコンテンツに広告出稿は控えよう」と考える基準が、他国と比較してもっと厳しいかもしれません。
そうした点において、当社のテクノロジーはまさに有効に機能します。たとえば、一般的な視覚情報処理技術でも、「画像内に武器が写っている」ということは把握できます。しかし、そうした認識技術を私たちの自然言語処理と組み合わせることで、世界一ブランドセーフなプラットフォームを作ることができるのです。そうした点で、当社のサービスと日本の市場は非常に親和性が高いのではと考えています。

–個人情報の取り扱いについても、現在ではますます厳しくなっています。

Phil 欧米では近年、パーソナルデータ活用のプライバシー問題についての議論が積極的に行われ、消費者の権限強化の必要性が一般に共有されてきました。特にEUは、2018年5月に一般データ保護規則(GDPR)を施行し、個人のプライバシーを保護する権利を強化していますし、こうした傾向は今後もますます強くなっていくでしょう。これまで多くの企業がリターゲティングやcookieデータの解析に注力してきましたが、今後はそうしたものへの投資が少なくなると見込んでいます。そうした中でも、当社が展開するAIを活用した独自のコンテクスチュアル広告は、ブランドが自分にとってふさわしい広告スペースを選択できる、そして、個人情報に頼ることなく効果的にターゲティングできるという点で、今後もますます多くのブランドにソリューションを提供できるのではないかと考えています。

若栗 これまで日本の多くのブランドは、獲得型広告に大きな予算を配し、ブランド広告キャンペーンにはそれほど多くを投下してきませんでした。しかし今後、日本ではブランディングがますます重要になってくると考えられます。特に、デジタル世代である若者たちは、生まれた時からインターネットをメインのメディアとして活用しています。これまでの世代は新聞やテレビなど、従来型のメディアでブランドの認知形成を行なってきましたが、今の若者たちは当然のように、インターネットでブランドに対する認知を確立させています。そうした点で、今後ますますデジタルにおけるブランディングが重要になってくると考えています。

ブランドリフト効果は10〜20%

–日本における現在の展開は?

若栗 先ほどお話しした通り、現在は約100のパブリッシャーと連携し、月間の広告配信は4億PV。リーチできるユーザー数は3,000万以上と考えています。つまり、Facebookやインスタグラムと同等規模のプラットフォームということです。
一方、ブランドのカテゴリーはさまざまであり、食品や飲料メーカーから、銀行・保険などの金融関係など多岐にわたっています。

–事例を挙げていただけますか。

若栗 最もわかりやすい事例の一つが、このANAハワイ線へのA380就航の広告です。ターゲットとして「ハワイ旅行」やトラベル関係の文脈を取り上げ、その中で、「ANAのハワイ線にA380が就航する」というニュースを出すのに、適切な文脈を判断。その記事内画像の下部にイン・イメージ広告として掲載しました。広告にはエンゲージメントを高めるためにアニメーションを採用。視認性の高いスペースへ広告を配信し、アニメーション・動画など自由度の高いクリエイティブ表現を用いることで、ポジティブなメッセージを確実に届けることが可能です。さらに、そうした自由度の高いクリエイティブ表現により、ブランドリフト効果にも力を発揮。つまり、この広告を目にした視聴者に対して、単純に「記憶してもらう」「覚えてもらう」だけでなく、ブランドに対して好意的な認知を醸成させることができるのです。
こちらのANAハワイ線へのA380就航の広告については、広告主であるANA様からも、画像認識を使った独自のターゲティング手法の面白さ、文脈識別の精度の高さ、エンゲージメントなどのパフォーマンスの良さにおいて、非常にポジティブな評価をいただいています。

–一般に、ブランドリフトの効果はどれくらいですか。

若栗 キャンペーンのメッセージや広告表現のクリエイティブ性にもよりますが、平均して10〜20%のブランドリフト効果を実現しています。ブランドリフトについて考えるときは、必ず競合に対する印象も計測することも必要。競合と比較して、イメージシェアやマインドシェアを多く獲得することができれば、市場におけるそのブランドの優位性はますます高まるでしょう。

–御社ではスポーツスポンサーシップという取り組みを行っていると聞きました。

Phil スポーツスポンサーシップとは、ブランドやライツホルダー向けに、テレビ・ストリーミング・SNS上でのスポンサーシップのメディア価値を評価・分析するサービスのこと。たとえば試合を撮影した画像や映像の場合、ホームゲームであることやロゴが含まれていることなどを認識し、さらに、「いいね!」などの数や放映された時間などからメディア価値を評価します。アメリカでは非常に成功を収めているソリューションで、放映権の保有者とブランドが意思決定をする際の共通認識となっています。まだ日本ではこのサービスを展開していないのですが、今後、時期をみて日本にも導入する予定です。日本ならではの文化や特性を配慮して、サービスの展開を決めたいと考えています。

若栗 こうした「日本ならではの文化や特性への配慮」は、あらゆる点で必要と考えています。実際、日本独自の商習慣は未だに根強く存在していますし、ある特定のビジネスが欧米で成功したからといって、それをそのまま日本に持ち込んでも、同じようにうまくいくとは限りません。あるブランドに対しては、レポーティングの頻度や回数を増やすことが求められるかもしれませんし、内容をもっとリッチにする必要があるかもしれません。そうした点を踏まえ、個別にワークフローを設定。綿密なプランニングと人的リソースの最適化を繰り返しながら、日本でのサービス展開を加速している状況です。

Phil 私はアメリカ出身なので、日本では信頼を醸成することを先に行わなければなりません。信頼やリスペクトが基盤にあるからこそ、日本でのビジネスがうまくいくのです。私たちの製品サービスや戦略ビジョンは世界的にみてどこもほとんど変わりませんが、各地域で展開させるためにそれらをローカライズさせる必要があります。そのため、ローカルリーダーシップ制を設け、私たちの商品ソリューションがその国や地域で意味を成すように調整していきたいと考えています。

デジタルにおけるブランディングの可能性を追求

–現在、広告業界が抱えている課題について、どう考えていますか。

Phil 現在、多くの企業において、広告の予算が分離されています。たとえば、予算の一部はパートナーに預ける、他の一部はソリューションに回すとか……。でも、そうやって予算を託したパートナーやソリューションは、他のライバル企業も同様のサービスを使っているかもしれず、そうなると、広告の差別化はますます難しくなってきます。また、多くの企業はデジタル広告を配信する際、ほとんど似たようなパブリッシャーを使っています。「安心できるから」という理由もあるのでしょうが、それでは広告の単価はますます高くなりますし、広告の独自性を打ち出すことも難しくなります。
その点、当社では日本で約100のパブリッシャーと連携していますが、それぞれ個性豊かな編集記事を制作していますし、また、専門的な情報を配信しているブログなど、これまであまり広告スペースとして注目されてこなかったところについても広告配信の可能性を探っています。
また、広告は全てインハウスで制作しており、各国ごとにローカルのクリエイティブチームを結成。それにより、ブランドに対してクイックなレスポンスが可能になり、自由度の高いクリエイティブを実現しています。

若栗 それから、広告の効果測定に一貫性がないという問題もあります。効果測定はどちらかというとデジタルの方がやりやすいものの、評価指標がCTRなどに終始しがちで、ブランドの認知やエンゲージメントの「質」を評価する考え方がまだ浸透していない。しかしそうした中でも、アトリビューションを測定するツールは少しずつ増えています。こうしたツールを使うことで、真の意味でブランド広告の価値を測るとともに、「デジタル広告でも効果的にブランディングができるのだ」ということを実感していただきたいと思います。

–最後に今後の展望について教えてください。

若栗 現在、日本でサービスを開始して約2年。徐々にGumGumの認知度が高まってきて、キャンペーン展開例は約150近くに上ります。これからももっと多くの方に当社のサービスを理解していただき、実際に活用していただくことで、ブランディングに貢献していきたい。同時に、パブリッシャーとの連携もますます強化して、ネットワークを拡充していきたいですね。

※2019年2月末時点

 

Phil Schraeder (フィル・シュレーダー) 氏
GumGum, Inc.
CEO

GumGumのCEO。グローバルにおける事業計画及、セールスマネジメント、財務計画、人材管理等を行う。『Adweek』『Huffington Post』等のメディアへの定期的な寄稿を行う他、2017年には『Los Angeles Business Journal』による『CFO of the Year』アワード受賞。
GumGum参加以前には、グローバル電子決済・リスク管理ソリューションプロバイダー『Verifi 』のVP of Financeとして活動。また、3Dテクノロジーライセンシング企業『RealD』、フィルムスタジオ『New Regency Entertainment』、 監査・税務・アドバイザリー企業『KPMG』等でアカウンティング・ファイナンス業務を歴任。
Northern Illinois Universityで会計学でのBachelor of Scienceを取得する他、コミュニケーションも専攻。旅行、フットボールを楽しむほか、フロリダキーズでの友人との休暇が趣味。

若栗直和氏
GumGum Japan K.K.
代表

GumGum Japanの代表 /カントリーマネージャー。2000年より、広告会社『オグルヴィ・アンド・メイザー』にて、グローバル及びアジア・パシフィック市場向けのブランディングに従事。香港・上海・東京・シンガポールなどを拠点に、『フォーチュン500』企業向けのブランド戦略・ブランディング企画・キャンペーン運営を手がける。2018年よりAI画像認識を活用した広告事業を展開するGumGum(ガムガム)の日本オフィス代表を務める。
1998年東京外国語大学英米語学科卒。

データを駆使して“人”を読み解く。新時代のコンテンツマーケティングとは アウトブレインジャパン株式会社 代表取締役社長 嶋瀬宏氏

かつて雑誌広告が全盛だった時代には、ページをめくるたびに新しい発見と出会うワクワク感があった。だがデジタルマーケティングの興隆に伴い、予想外のものと出会う高揚感や期待は重要性を失い、その代わり、「ユーザーの興味関心に沿った広告を、どれだけ的確に表示できるか」という効率性が重視されるようになった。しかし本来、「ユーザーに新たな世界を提示し、豊かな時間を提供する」ことも広告の役割であると考えれば、確度の高さだけが広告の価値と考えることはできない。「広告によるユーザーエクスペリエンスを高めるためにも、ディスカバリーの要素が必要」と語るアウトブレインジャパン株式会社の代表取締役社長嶋瀬宏氏に、今後のデジタルマーケティングについてうかがった。

トレンドが一巡。広告の本質的な部分に回帰する傾向

–現在、日本のコンテンツマーケティングにおけるトレンドについて、どのようにお考えですか。

 いくつかのトレンドがありますが、まず一つはブランドセーフティ。欧米諸国では3年くらい前からよく聞かれていましたが、日本でも外資系企業を筆頭に、多くの企業でブランドセーフに対する意識の高まりが見られるようになりました。
 また、これまではどちらかというと、より多くのユーザーに対してどうやってリーチするかという点に主眼が置かれてきましたが、今後はエンゲージメント、つまり、どれだけ深くユーザーとコミュニケーションを図れるかという点が重要視されるようになるのでは、と考えています。今後、通信網が発展し、モバイルでできることがますます増えれば、よりインタラクティブ性の高いコミュニケーションの手法が一般的になるのではないでしょうか。

–そうしたトレンドの中、御社の取り組みについて教えてください。

 当社ではインタラクティブ性の高い動画コンテンツに力を入れており、中でも、ユーザー自らが動画を選択して視聴できる新しい配信サービス「FOCUS」は、ユーザーに「スキップされる動画」ではなく「選んでもらう動画」として、広告主の皆様にご好評をいただいています。また、広告のクリエイティブな部分に再度目を向けなおし、「どのようなコンテンツがユーザーに深く刺さるか」を考察。配信の手法や広告のフォーマットももちろん大事ですが、それ以前の課題として、「ユーザーに刺さるコンテンツとは一体何か」という、いわば、広告の本質的なテーマに今後、デジタルマーケティングは回帰していくのではないかと見込んでいます。
 では一体、どのようなデータがユーザーに「刺さる」のか? これを考えるには、データが大きく貢献するでしょう。つまり、インタレストデータを読み解くことでより確度の高いコンテンツを制作する。そして、どういったコンテンツがエンゲージメントに効いたのかアトリビューションを解析する。これらによって高速に PDCAを回し、よりユーザーに「刺さる」コンテンツを制作することができるでしょう。

–一般に、マーケティング先進国である欧米に比べ、日本は3年程度遅れていると言われています。

 確かに、そのような傾向もあるでしょう。先ほど述べたブランドセーフティについても、欧米ではすでにその概念自体が標準化していますし、デジタル広告を含めた運用自体もインハウス化されていて、リアルタイムに運用型広告を最適化したり、コスト効率を改善したり、透明性を担保したりしています。それに比べて、日本ではまだデジタル広告のインハウス化が進んでおらず、人員的にも体制的にも改善の余地がある。しかしその一方で、一部のアーリーアダプターたちは欧米と同様、もしくは、それよりも早い取り組みを見せています。彼らが最も進化している分野こそデータの活用であり、その分野に限って言えば、この1、2年の進化は非常に目覚しいと言えるでしょう。そういう意味では、日本におけるデジタルマーケティングは二極化が進んでおり、今後も益々この傾向が強くなるのではないでしょうか。
 
–そうした中で「刺さるコンテンツ」を作るための着眼点としては、どのようなものがありますか。

 私は、“3つのM”が関係していると考えています。一つ目は、「Mode(モード)」。たとえば、ユーザーが積極的にコンテンツを探しに行き、自らの意志で広告にアクセスすれば、当然、そのコンテンツはユーザーにとって深く刺さるのものになるでしょう。受動的に眺めるだけの広告よりも、その効果は明白です。このように、ユーザーのモードに合わせたコンテンツは、エンゲージメントに深く影響しています。
 二つ目は、「Moment(モーメント)」。コンテンツを作る際にはペルソナを設計します。もちろん、ペルソナはとても重要な役割を果たしますが、もっと細かく見れば、同じ人物でも朝と夜ではペルソナが変わります。つまり、今までのような1 format, 1 messageではカバー仕切ることができないとういこと。今後は様々なモーメントに合わせるため、コンテンツはより多くのバラエティを持つことが求められるようになるでしょう。
 三つ目は、「Measurement(メジャーメント)」。コンテンツマーケティングの成否は、KPIがしっかり設定され、それを実際にメジャーメントできるかという点が大きく関係しています。トレンドの移り変わりを的確に捉えながら、コンテンツをリアルに改善していくことが、刺さるコンテンツ作りに必要な3つ目の要素と言えるでしょう。

–メジャーメントについては近年、ツールの進化が目立っています。

 当社のパートナー企業であり、アトリビューションサービスを提供するTRENDEMONの登場に示されるように、ここ2〜3年でマーケターがデータ分析を行うのに最適な環境が整いつつあります。コンテンツの8割はカスタマージャーニーに貢献していないという調査結果もあり、データに基づいて問題点を改善すれば広告の雲鷹効率は単純計算で5倍に上がります。
 しかし、データの読み方には何通りもあるということも忘れてはなりません。つまりどれだけ計測ツールが進化しようとも、データを読み解き、対策を講じるのは人間である以上、どうデータを読み解くかというのはマーケターや編集者のカンや経験に頼る部分も少なくなく、そうした経験値は今後ますます重要になってくるでしょう。現在、データ分析は個の力に依存する部分が目立ちますが、ある企業はデータ分析のプログラムを自社で開発したりするなど、かなり意識の高い試みを見せています。その一方、まだ的確なKPIを設定せずに広告運用を行っている企業も多く、今後もこうした二極化はますます進むだろうと見込んでいます。

–日本におけるデジタルマーケティングは今後、さらに二極化が進むということですが、これを改善するには?

 日本の企業はそもそもの文化として、縦割りの事業部制が浸透しています。しかし企業によっては、ECサイトも運営すれば、楽天やAmazonでも商品を扱う、また企業サイトだけでなく、オウンドメディアやマイクロサイトも展開するなど、ユーザーとの接点は非常に多岐に渡ります。そうした中でメディアごとに担当者を分ける従来の体制では、全体を俯瞰的にみて戦略を講じることはほぼ不可能。つまりCMOが全体を俯瞰し、マーケティングの戦略を横串で繋げていき、企業全体で最適化を測っていくことが必要であり、体制そのものを根本的に変革していく必要があるのではないかと考えています。

–そうした中で、今後、必要とされる人材とは?

 デジタルマーケティングの領域は、現在、統廃合が進んでいます。どんどん新しいテクノロジーも開発されていますし、プロダクトのリリースも相次いでいます。各社が新しいツールを次々と提供する中では、適切なツールを、適切に使える人材が必要。決して新しい手法を取り入れ、先駆的な取り組みをすることがゴールではなく、定めたゴールに対して適切なツールをどう組み合わせて使っていくか、全体設計の視点においてツールを選択する視点がまず必要となるでしょう。
 しかしその一方で、最終的にユーザーのエンゲージメントを確保するという点では、より、クリエイティブの領域が重要性を増すだろうと考えています。今まではどちらかというと、デジタルマーケティングの領域では、計算や論理的思考を司る左脳が重要とされてきましたが、今後は、右脳的な創造性が必要になるのではないでしょうか。このツールを使って、このようにファネルを設計して、こうやってリタゲして…とどれだけ完璧に設計しても、そこを流れるコンテンツが良いものでなければ、ユーザーには刺さりません。どんなに高級なレストランで、インテリアやサービスが素晴らしかったとしても、そこで提供される料理がいまいちであれば、お客は満足しませんよね。それと同じ。つまり、デジタルマーケティングの領域では、よりクリエイティブ性が必要とされ、ユーザー経験の価値を高めることが重要視されるのではないでしょうか。

FOCUSのウィジェット例。動画の再生ボタンをクリックすることで初めて再生。
興味をもったユーザーのみが
主体的に視聴する。

確度だけではない。今、広告に必要な要素とは

–そうした中で、サービスやプロダクトの方向性についてはどのようにお考えですか。

 先ほど申し上げた3つのMのうち、モードとモーメントに関しては、アウトブレインが誕生以来、主軸に据えている分野であり、それらをコミュニケーション起点としてそもそものサービスが設計されています。そうした中で、今後、より重要になると捉えているのがメジャーメントです。つまり、我々が持っているユーザーのインタレストデータに、たとえばクライアントが持っているファーストパーティのデータや、パブリックなサードパーティのデータなどを結合させ、クライアントにとってもっと効果的なマーケティングを考えていくことが今後、ますます求められていくでしょう。

–それによって、ユーザーの行動変容はどのように起こりますか。

 適切なモードやモーメントはエンゲージメントの深さにつながります。それに加え、メジャーメントによって客観的な視点を加え、広告精度を上げていくことで、ユーザーのエンゲージメントは深まるだろうと考えています。
 しかし、矛盾するように思えるかもしれませんが、データはあくまでも過去の履歴でしかありません。つまり、未来を予測する領域にはまだ到達していないのです。たとえば、私がこれまでネパールの情報に触れておらず、現時点で興味を持っていないとはいっても、私がネパールを好きではないかというと、決してそうではありません。ネパールの広告を当てることによって、新たな興味を喚起し、行動変容につなげる可能性もあるのです。
 私たちは、広告にはディスカバリーの要素が必要だと考えています。つまり、ユーザーの興味関心に沿って、「その人に好まれるだろうな」という情報を提示することはもちろん大事ですが、その一方で、遊びの要素も必要であり、新たな世界を示してあげることも大切だと思うのです。自分の世界観に合致する広告ばかりが提示されれば、はじめはユーザーの関心を誘っても、やがて広告自体が飽きられてしまうでしょう。そこではフレッシュなお勧めがないからです。
 もともとアウトブレインは、「雑誌を読んでいるときの、次のページをめくるときの高揚感や、次にどんなコンテンツと出会うかわからない不確かさ」といったものにインスパイアされ、設立されたという経緯もあります。これまではデジタルマーケティングの精度を高めることに注力し、ユーザーが好みそうなコンテンツの配信に意識が向けられてきましたが、現在はその揺り戻しが起こっており、「広告をみる楽しさ」という原点が改めて見直されているのではないかと思います。たとえていうなら、情報のセレクトショップとなるでしょうか。どんなに優れたショップでも、品物を一つしか持っていなければすぐにユーザーに飽きられてしまうでしょう。しかし、「あなたはこういう商品が好きですよね、でも、こういうものもありますよ」と新しい世界を示してあげる。そうすることでユーザーの広告体験は価値が高まり、エンゲージメントにも貢献するのではないかと思うのです。

–“情報のセレクトショップ”は、オンラインだけでなく、オフラインにも拡大していくのでしょうか。
 
 当然、そうなるでしょう。今、クライアントと話していると、イベント重視の傾向が出ているように感じます。たとえば、自社の商品を愛用しているユーザーの中から影響力のある人たちを招待して、リアルなイベントを開催する、そしてその様子をSNSで拡散するといったインフルエンサーマーケティングも、ますます重要視されています。デジタルマーケティングというと、数値やデータだけで完結すると勘違いされてしまいがちなのですが、その先には「人」が存在しています。その人の感情や行動を細やかに読み取り、マーケティングに還元していくという、一見時代に逆行していくかのような施策が、今後のデジタルマーケティングにおいては価値が見直され、ますます求められていくのではないかと考えています。

嶋瀬 宏氏
アウトブレインジャパン株式会社
代表取締役社長

2001年三菱商事株式会社入社。国内外における新規プロジェクト開発などを担当。同社退職後、新規事業のインキュベーション・コンサルティングを行う株式会社ステラ・ホールディングスを設立。2013年11月より世界最大級のディスカバリー・プラットフォームを提供するアウトブレイン ジャパン株式会社の社長に就任。『適切なユーザーに適切なモーメントで』コンテンツを届ける同社のプラットフォームを通して、オンラインパブリッシャーとコンテンツマーケティングを展開するさまざまな企業をサポートている。

透明性とユーザーファーストを実現する“能動的なインタラクティブ広告”の可能性 Teads Japan株式会社 マネージング・ディレクター 今村 幸彦氏

動画広告は現在、まさに過渡期にある。これまでは「接触・認知」から「購入」へ至るマーケティングファネルのうち、最上部と最下部に力点が置かれ、両者の間を埋めるべきものにはそれほど注意が払われてこなかった。いかにして、ブランドに対して興味を持ってもらい、好感と信頼を得てもらうか。実はその中間プロセスにこそ、動画広告が果たすべき役割と意義がある。ビューアブルでブランドセーフな広告プラットフォームを提供するTeads。「良質な媒体社様と戦略的にパートナー関係を結び、ユーザー体験に細心の注意を払う。質の高い広告には、おのずと効果がついてくる」と語るTeads Japan株式会社の今村幸彦氏にお話をうかがった。

日本の動画広告戦略と施策に新しい価値を提供

–成長を続ける動画広告市場ですが、現在のトレンドとしてどのようなことを感じますか。

 2017年、インターネット広告に対する課題が浮上し、特に、アドフラウド、ブランドセーフティー、ビューアビリティーなど、広告全体の質が問われるようになりました。
 これまでは、配信の質やユーザー体験の質、隣接するコンテンツの質などはあまり注目されず、 CPMとCPCの二軸で日本のデジタルマーケティングは成長を続けてきました。しかし、マーケティングファネル全体を見てみると、ミッドファネルにおける指標がほとんど確立されてこなかった。つまり、これまでの動画広告は「接触・認知」と「購買」だけが注目され、「興味・関心・理解」と「購入検討」というプロセスへの指標の評価が重要視されてこなかったんです。KPIのほとんどがユーザーの広告体験の質や、視認性をほとんど考慮しない、再生開始単価・再生完了単価でした。しかしそれでは、「顧客を創造する」という観点からの施策がまったく取られていないことになります。当然、将来的に有望な顧客を育てることもできませんし、購買意欲を想起させることもできません。

–そこでマーケティングファネルにおいて、御社はミッドファネルにターゲットされているのですね。

 もちろん、ユーザーへのリーチや認知リフトというところにも貢献していますし、質の高い広告体験で購買意欲の想起にも貢献していますので、実際には「接触・認知」から「購入」まで、あらゆるファネルで働きかけを行っています。
 そうした中で、現在、当社が注目しているのは、広告への接触時間、つまり、ユーザーが広告に接触する時間をどれだけ長くできるかということです。現在、日本におけるインターネット広告市場は1兆5,000億円ですが、そのうち、動画広告が占めるのは1,900億円。劇的に成長したとはいえ、全体の約12〜13%でしかありません。まだ伸びしろがあるのです。
 動画広告の中では、FacebookやYouTubeの広告が大きな割合を占めますが、Facebookについていえば、平均わずか1.7秒で90%の人が広告から離脱してしまっており、広告との接触時間があまりにも短いことが課題とされています。一方、YouTubeでは一定時間必ず広告が表示されることによって、接触時間を確保することはできていますが、ユーザーの広告体験の質という観点からは好ましいとはいえません。また、不適切なコンテンツに広告が表示されてしまうかもしれないというブランドセーフの問題もあります。
 そこで当社では、ブランドセーフやビューアビリティなどの課題をクリアし、ネット広告の健全性を高めた上で、いかにして広告に対するユーザーの接触時間を長くするかということをテーマに設定。質の良い広告体験を提供し、好意的な認知を得ることでブランドに貢献したいと考えています。

–御社は創業当初より、「ユーザーファースト」という言葉を掲げています。

 「ユーザーファースト」とは、換言すれば、「質の高い広告体験」ということ。簡単にいえば、「ユーザーに嫌われない広告」ということです。とかく最近は、面倒な広告フォーマットが非常に多く、わざと閉じる”×(バツ)”ボタンをクリックしづらくしたり、そもそもこういったボタンを設置していなかったりする広告も少なくありません。また、無理やり広告を表示することで、視認性を高めようとする広告もあります。これでは本末転倒で、ユーザーはブランドを嫌がり、メディアから離れ、アドブロッカーを設定して、広告全体を遮断してしまうことになりかねません。日本では、アドブロックのユーザー数は10%程度ですが、欧米では4人にひとりがアドブロックを採用しています。これでは、オンライン広告の将来をとざすことになり、ユーザーへの広告機会を喪失してしまいます。

–そこで、御社は「ユーザーファースト」を唱えているのですね。

 当社の広告は記事と記事の間に挿入されますが、興味がなければ飛ばすこともできます。また、画面に広告が表示されて初めて再生が始まるため、確実にビューアビリティが保証されます。さらに、配信前に本当に人間が見ているのか確認しているため、アドフラウドの問題もクリアしています。
 当社は創業時から「ユーザーファースト」「ビューアビリティ」「アドフラウド」を課題にしていましたが、最初はそうしたことに対する認知が低く、実際に取り組もうというブランドはあまり多くありませんでした。近年ではグローバルブランドを中心に、課題として認識してきた感があり、大手ナショナルブランドの中にも、それに沿った形で広告をプランニングするところが出てきました。これは、適切な広告費が正しく投下されているのか、きちんと確認する物差しができてきたということ。ようやく、デジタル広告の“ダークサイド”に審判の光が当たり、正しく判定されるようになったということではないでしょうか。

–御社では270以上のプレミアム媒体とパートナーシップを組み、月間8.5億インプレッション規模のネットワークを構築していると聞きました。

「消費者にとって良質な広告体験」には、「品質の高い配信面」と「嫌われない、記憶に残る広告表現」の二つが必要です。実際、当社のオンライン広告は接触時間が長く、平均約12秒。しかし、デジタル広告に異論を唱え、デジタル広告費を大幅削減したことで知られるP&Gの調査によれば、オンライン広告の平均接触時間はわずか1.7秒だったということです。それと比較すると、当社の「12秒」という数字が驚異的であることがお分かりでしょう。
 この「12秒」という数字の背景には、当社の広告にはエンゲージ要素がふんだんに仕掛けられ、ユーザーの興味を喚起し、飽きさせないという工夫があります。国内の大手グローバルブランドの広告で検証を行ったところ、「対話性のあるインタラクティブ広告は通常の広告に比べて4倍の認知効果がある」ということがわかりました。つまり、本当に質が高く、ユーザーに好まれる広告は、ブランドにとっても大きな価値を生むということ。それを測るための指標のひとつが、「広告接触時間の長さ」なのです。

クリックや動画視聴率では見えてこない、動画広告の真の価値を

–「2018年11月、ハースト婦人画報社に制作ツールを開放」というニュースがありました。

 当社はクリエイティブ広告の制作支援も行っており、そのためのツールのひとつがTeads Studioです。Teads Studioとは、Teads が独自の技術をもとに開発した、リッチでインパクトの高いインタラクティブなクリエイティブを簡単に制作することができる広告クリエイティブ制作ツールのこと。このツールを2018年11月より、国内で初めてハースト婦人画報社様へご提供することになりました。これにより、最先端のクリエイティブ表現を活用した同社の広告商品開発を支援し、同社が保有するメディアの収益拡大に貢献します。
 これまでも、ハースト婦人画報社様は、インリードフォーマットの専売パートナーとしてTeadsを起用され、広告収益における主要プラットフォームとしてご活用いただいていました。こうした協業関係をさらに強化し、戦略的に発展させることを目的に今回、プラットフォームを開放。同社の広告商品開発を支援させていただくことになりました。現在もさまざまな企業様からTeads Studioに関するお問い合わせをいただいていますので、こうした広告商品開発支援はますます加速していく見込みです。

–今後、御社の目指すプロダクトの方向性については、どのようにお考えですか。

 現在、当社で進行中のプロダクトとして、「self-assembled ads」、つまり、「自動生成広告」があります。これは、基本の絵コンテは同じでも、リーチしているユーザーの属性や特徴によって、見せる内容を変えていく広告のこと。その人がどんな人か、どんな記事を見ているときに広告が表示されたのか、どんなシチュエーションで広告に接触しているのかなど、さまざまな点を考慮して、広告のクリエイティブをダイナミックに変化させます。まだ実験段階ですが、今後はエージェンシーと協業しながらさらに展開を進めていきたいと考えています。

–最後に、変化の激しいデジタル広告の業界で、今後、必要とされる人材についてはどのようにお考えですか。

 広告は、現実世界の中でユーザーが触れるものです。そのため、実世界に照らし合わせ、きちんと広告手段を考えることができる人材が必要とされるのではないでしょうか。たとえば、自分自身がある会社の広告を好ましいと思っていないのに、その広告をクライアントへ積極的に提案するなど、そうした行為は信頼を損ねます。当然のことですが、自分が日頃感じていることとクライアントへの広告提案があまりにも乖離していれば、ブランドセーフやアドフラウドを招くリスクは高まります。
 また、開放型のネットワークは危険性を伴っているということも、もっと意識する必要があると思います。それに対して、実践的な対策を取っているメディアやネットワークを選択することも必要ですし、単にエクセルの計算だけに依存してメディアバイイングを行わないことも大切。確かに広告コストは大事な指標ですが、その単価の前提となっている、形となって現れていない数字も把握しなければなりません。クリックや視聴完了率では見えてこない、動画広告の本質へ目を向けなければ、広告の真の価値を見定めることはできないのです。
 さらに、その広告がどういう形でユーザーへ配信されるのか。本当にビューアブルなのか、無理やり見せているのか、そうしたことも考慮にいれなければなりません。
 メディアプランニングを考える上で、考慮すべき事項はますます増えてくるでしょう。しかしこうしたことをすべて代理店任せにせず、今後、ブランドサイドも意識を高く持つ必要があるだろうと考えています。広告本来の目的に立ち返り、一体なんのために広告費を投下しているのか、そこに目を向け、広告の本質を見定める指標を確立する必要があるのではないでしょうか。

今村 幸彦氏
Teads Japan株式会社
Managing Director

1992年ソニー(株)入社。半導体・テクノロジー事業、フォーマットライセンスのビジネスに従事。シンガポールにて同社の事業拡大に参与し、帰国後Sony Computer Entertainmentにて、プレイステーションポータブル等事業の立ち上げに参画。2006年(株)電通入社。デジタル事業、海外ビジネス提携事業を旗揚げするなど要職を歴任。2014年Kenshoo, Ltd.(本社:イスラエル)入社。同社のアジア太平洋地域責任者としてAPACの事業戦略をリード。2016年8月、ビューアブル広告市場を世界的にリードするTeads.tvの日本法人Teads Japan(株)のマネージングダイレクターに就任。Teads Japanの日本市場における事業全般を統括。

デジタル広告の重要トレンド、「ブランドセーフティ」の考え方 CHEQ AI Technologies 日本法人カントリーマネージャー 犬塚洋二氏 / エグゼクティブアドバイザー Gadi Becker氏

インターネット広告配信における次世代型のアドセーフティプラットフォームを提供するCHEQ AI Technologiesが日本法人を設立したのは、2018年5月。以来、半年が経過していないにもかかわらず、その存在感と周辺からの期待はますます大きくなっている。世界的にブランドセーフティに対する関心が高まり、広告配信面への安全性の確認が急務とされている現在、同社が担うべき役割とは-。日本法人カントリーマネージャーの犬塚氏と、エグゼクティブアドバイザーを務めるGadi Becker氏にお話をうかがった。

ブランドにとって、本当の“セーフティ”とは?

–日本法人を設立して約半年。現在の状況はいかがですか。

犬塚 当社は広告の透明性、つまりアドトランスペアレンシーを主軸として事業を展開しています。現在、ウエブ広告の業界では、テクノロジーによるアドベリフィケーションが注目を集めています。DSPなどで配信された広告が、広告主のブランドイメージを低下させるようなサイトに掲載されていないか、また、ユーザーがきちんと認識できる場所にしっかり掲載されているかなどを確認し、配信をコントロールするためのツールを活用するといった取り組みは、日本でも2017年ごろから本格的に始まっています。多くのブランドがそうした事に対して関心を持ち、知識も深まってきたと感じます。

–そうした流れの中、御社が目指す方向性とは。

犬塚 CHEQはすべての広告主がインターネット広告を安心して活用し、マーケティング活動に従事できる環境を創り出すことを目的に、①ブランドセーフティの確保、②アドフラウド回避、③ビューアビリティの確保、の3つを柱に設定。軍事技術をベースとしたAIによる超高速情報処理技術や、NLP技術を駆使した「リアルタイム・アドセーフティプラットフォーム」を提供しています。特徴は、従来型のサービスでは、自社の広告がふさわしくないページに配信された後に検知するという事後報告型であったのに対し、CHEQは広告の配信そのものを未然に防ぐということ。交通事故でもそうですよね、事故を起こした理由を知るよりも、そもそも事故を起こさないようにすることの方が、もっと価値がある。これと同じで、CHEQのプラットフォームでは不適切な広告を事前に回避することを可能にしています。

–2018年8月には株式会社サイバー・コミュニケーションズとのパートナーシップ契約を締結し、同社によるCHEQのアドセーフティサービスの導入サポートも開始しています。

犬塚 現在、CHEQの本社はイスラエルにあり、支社をNYと東京に設置しています。そのうち、東京により多く投資されていて、2020年をめどにCHEQの機能を幅広くご利用いただける環境を創り、デジタル広告の領域において、ブランドが真に安心して広告出稿ができる状態を作りたいと考えています。

Gadi CHEQが目指しているのは「広告の透明性」と「コントロール」。最近までアドバタイジングの世界では、「デジタル広告は紙媒体やテレビと違ってコントロールができないもの」と考えられ、「不適切な広告を制御することはできない」と半ば諦められていました。しかし我々は、軍事技術で活用されてきたサイバーセキュリティーの技術やアルゴリズムを活用すれば、それは無理な話ではないと考えた。ブランドのバリューを守り、高めると共に、限られた広告予算を効果的に投下できるよう、デジタル広告の環境を整備するために、CHEQという会社を創ったのです。

–日本に対し、重点的に投資をしているのはなぜですか。

Gadi よく尋ねられる質問です(笑)普通、外資系の企業が世界へ進出しようとするとき、初めの一歩を日本に設定することはほとんどないでしょう。しかし私たちは、「まずは日本」と考えました。なぜかというと、日本のマーケティングは広告に限らず、非常に高度なレベルを極めているからです。また、CCIさんと組んでいても感じるのですが、アドセーフティに対する要求が極めて高く、非常に精密な設計が求められます。つまり、日本で我々がビジネスを成功することができれば、おそらく、世界のどこへ出かけても成功するだろうということ。日本において我々の真価が問われるだろうと考えています。

グローバルブランドを筆頭に、対策を取り始めている

–アドベリフィケーションというキーワードが注目されつつありますが、現時点では日本企業の中で、どれくらいが対策を練っているのでしょう。

犬塚 広告の安全性や透明性に対して関心を持っている企業は増えてきましたが、実際に対応している企業はまだそれほど多くないと考えています。ただ、昨年9月、NHKの『クローズアップ現代』でWEB広告不正の実態が取り上げられるなど、この分野に対する関心は急激に高まっています。2019年はこれらの問題に対する企業の対策が本格化する年になると感じています。

Gadi 現在、日本でブランドセーフティやアドフラウドについて関心を持ち、対策を取っているのは、大手のグローバルブランドがほとんど。日本のローカルブランドはまだこれからといった感じがします。しかし、市場でインパクトを持つグローバルブランドがデジタル広告の安全性や透明性に関心をもち、対策を始めれば、必ず他の企業も追随する。一旦その波が訪れればそれほど時間をかけずとも、多くの企業が対策をとるようになるのではと考えています。

–現在、予定しているサービスやプロダクトの方向性について、お聞かせください。

犬塚 現在、当社は先ほどお伝えした通り、ブランドセーフティ、アドフラウド、ビューアビリティという3つの側面からサービスを展開していますが、その一方で、媒体社側に立ってみるとマルウェアの攻撃に対する施策の重要性が増しており、当社では、あらゆる種類のマルウェアをリアルタイムに検知・アラートし、即時性のある対策を可能にするマルウェア検知機能、さらに、前述のクローズアップ現代などでも話題になった悪質なトラフィック詐欺を検知、異常トラフィックのソースを突き止めるトラフィックフラウド対策機能などを提供してまいります。現在、最終テストを行っており、2019年早々にはリリースする予定です。

フリーインターネットの未来を守るために

Gadi そもそもCHEQのファウンダーであるガイ氏がなぜ、この会社を創ったかというと、フリーインターネットのコンセプトを守るため。我々が日常的に無料でインターネットを楽しむことができるのは、媒体社側がデジタル広告をマネタイズできているからで、万一、主要なブランドが「デジタル広告は危なすぎるので、これからは出稿を控えます」と撤退してしまったら、たちまちフリーインターネットの未来は閉ざされてしまうでしょう。そのための、いわば“武器”として、我々はCHEQを創ったのです。

犬塚 現在、デジタル広告配信におけるブランド毀損のリスクは、およそ10%前後と考えられています。とはいえ、この数値自体が確実なものではなく、測定手段も明確に定められていいないため、もしかしたらリスク要因はもっと多岐に広がっているかもしれません。しかしCHEQのテクノロジーを活用することにより、そうしたリスクが明確に解消され、広告主は有効なインプレッションだけを買い付けることで、広告予算の投入を最適化することができ、また、媒体社は良質な広告インプレッションを、より高い価値で販売し、広告収益を拡大することが可能になります。

–CHEQ導入の実例を挙げてください。

犬塚 あるブランド様の例です。そのブランド様はブランド管理の観点から、事件事故や災害ニュース、芸能人の訃報など、広告掲載を回避すべきコンテンツが多く含まれるニュース系の媒体へは出稿したくてもできない、という状態になっていました。ところがニュース媒体はご存じの通り、膨大な読者を持つ、マーケティング上重要な媒体です。このジレンマを解消すべく、CHEQのタグを導入してもらい、ニュース媒体においてブランドにふさわしくない記事だけを取り除いて配信する、という施策をご一緒しました。結果として全体のインプレッションの25%くらいの記事が配信対象外として除かれましたが、残り75%もの広告インベントリが有効在庫として復活し、ブランド様は大規模な読者層へ新たにリーチをすることに成功しました。「ニュースは全部、危ないよね」と言ってすべて排除してしまうのではなく、好ましいページに効率よく出稿できる。これはブランドにとってだけではなく、媒体社にとってもポジティブなことです。

–今後のデジタル広告を考える上で、どのような人材が必要と考えますか。

犬塚 従来のブランディングというと、どうしてもアナログというか、トラディショナルな価値観でものを考えることが多かったように思います。しかし、ブランドを守るという視点で言えば、今後、アドベリフィケーションは非常に重要かつ不可欠なテーマ。ブランドサイド、媒体社サイドともにテクノロジーに関する知識を持ち、また、フレキシブルに対応することが必要でしょう。

Gadi 媒体社側の目線でいうと、ときどき、「ブランドセーフティを考えると、広告在庫が売れなくなるのでは」と心配する方がいらっしゃいます。しかし、ブランドセーフティの戦略をどう実現するか、この点を考えることで問題は解決可能です。たとえば、まずはブランドセーフティに対して非常に感度の高いブランドが安全な広告枠を購入する。その他の広告枠はパスバックシステムを活用して、代替広告を設定する。このように、さまざまなアプローチを実践することが可能なのです。ブランドにとっても媒体社にとっても、安全性とスケールの両方を叶えることができ、誰にもダメージを与えないのがCHEQの特徴。今後も広告の透明性とコントロールを使命に、日本の広告主や媒体社への本格的な導入を支援していきたいですね。

犬塚洋二氏
CHEQ AI Technologies
日本法人カントリーマネージャー

1995年立教大学卒、商社勤務を経て2000年1月エキサイト株式会社入社、広告営業部長などを経て、2011年グラムメディア・ジャパン株式会社入社、アドバタイジングセールス・ディレクター、執行役員を歴任、2018年5月CHEQ Japan入社。

Gadi Becker氏
CHEQ AI Technologies
エグゼクティブアドバイザー

エルサレム・ヘブライ大学の数学とコンピュータサイエンスの学位を取得。
1992年コンサルタントとして独立後、イスラエルの先端技術を日本へ紹介し、日本市場での立ち上げをサポートしている。OutBrain、SundaySky、Checkmarx、Panayaなど多くの企業の日本市場立ち上げの実績を持つ。2017年6月よりCHEQ本社のアドバイザリーボードとして日本市場への戦略立案を担当。自身も7年間の日本在住経験を持つ。